日清日露の戦争に勝って以来、世相は熱狂していたが、男は佐賀平野のだだっ広い干拓地(かんたくち)に立って、このあたりの西瓜(スイカ)は美味そうじゃ……と暢気(のんき)なことを考えたりもした。坊主あたまではあったが、頭陀袋(ずだぶくろ)を持った薄汚い身なりは、僧侶のそれとも違うようだ。一カ月ほど前、和歌山から汽車で来て、男は友人の実家に停泊していた。
 ここで人を探していたのだ。
 夏日の照りつける道を歩きながら、男は調べておいた鹿江(かのえ)という場所を訊ねようと、道の端に座りこんでいた子どもに声をかけた。
「おう」
 子どもは振りむかない。しかし男は気にする風もなく、近づいていった。手元を覗きこむと、女の子は黙々と蟻を潰していた。
「道を訊きたいんじゃが」
 女の子は不審気に男を見た。しかしなにも言わずまた蟻を潰し始めた。
「……蟻が可哀そうじゃ」
 女の子は黙っていたが、下をむいたまま馬鹿にするように言った。
「……坊さん?」
「坊主ではないが……」
 男はあたまをかいた。そうしてしばらく女の子の後姿を見て言った。
「……死ぬまで、食うに困らず生きたいか?」
 女の子は振り返った。父親との夜のことを思いながら蟻を潰していたのを見透かされたと思ったのだ。男の眼をじっと見つめ、女の子はうなずいた。
 男はその場に座りこむと、頭陀袋から一升瓶とぐい飲みを取り出し、酒を注ぎまず自分が半分飲んだ。それを今度は女の子に差し出した。
 女の子は男の行いがなにを意味しているのか分かる気がした。女の子は杯を一息に飲み干した。それをじっと見ていた男は、なにか顔をしかめ下をむき、女の子のあたまを雑に撫でた。
「すまんな……」