その特別講義は『エクスタシーの実践』という題だった。大学構内の数カ所にチラシが貼りだされた。講師は中山一郎。
 聴講生はまばらだった。時間になり中山老人は教壇にのぼると、「それでは講義を始めます」と一礼し、その場にあぐらをかいて座りこんだ。顔をうつむかせたままの姿勢で十分ほど経っただろうか、中山老人はゆっくり斜め上を見上げると、凄みのある声で、「……なんだ、貴様はァ!!」と口を開いた。
 このとき中山老人が語ったことは「7」に書いた。中山老人は壇上でたっぷり一時間以上、誰が見てもあたまがおかしいとしか思えない狂態を演じ、突然それをやめ、「それでは、これで講義を終わります」と一礼し、何事もなかったかのように教室を出て行った。
 ちなみに中山老人はこの特別講義の最中、みずからを名誉教授とうそぶいたが、実際は教授でもなんでもない。ただ哲学の修士号を持っていたのはほんとうで、大学によく出入りしていたため、周りから「名誉教授」とからかわれていたのだ。

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