薫の二度目のエクスタシーから数年後、鉄は松沢病院に入院した。それは薫のあたまの状態が落ちついてきたことと表裏をなしているかのようだった。鉄にとってはじめての精神科への入院だった。
 疲れをとるためしばらく休養するように、と医師は鉄に言った。薫がエクスタシーになったとき、まるで世界を取り巻いた蛇のように、薫はネットの神を自称したが、病院のなかで鉄は自らをコンピュータの神だと考えていた。鉄は関東出身関東在住だったが、その都市がお金を機軸としたひとつの系をなす巨大コンピュータであり、自身がその中心に鎮座(ちんざ)している……という誇大妄想的な思考。
 2010年夏、東京大学の近くの下宿で、薫は処方されている精神安定剤を飲むのをやめ、一週間ほど水だけにしか口にせず、狭い部屋のなかで横になっていた。そしてそのとき、薫はポケットに入れていた携帯電話を取り出して、鉄に電話をかけた。
「……神になったぞ」
「ああ?」
大物主大神だ……!」
「……?」
 鉄は無言だったが、薫は鉄がインターネットで検索しているのがわかった。
「貴様が大国主(おおくにぬし)というわけだ!」

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