II

 中山老人は東京都内の平凡なワンルームアパートの一室で眼を覚ました。いつも部屋の掃除などをやってくれている、お手伝いのお婆さんはまだ来ていない。布団に横になったまま、中山老人はぼんやり亀山博士のことを思いかえしていた。
 年若かった中山老人が大学の哲学科を出て、精神病院への入退院をくりかえしていた頃、中山老人は亀山博士に私淑(ししゅく)していた。亀山博士の前で中山老人は考えたことを語るのだが、それは亀山博士の「まったく!」の一言で否定され続けた。
 そうして精神病院を行き来し、その最後の入退院の後、中山老人は東京中を歩き回ったすえ、ひとつの思考にたどりついた。
 亀山博士の前で、中山老人はおそれるように、しかし確信をもって、言った。
「マナ識とアラヤ識の関係、それとアンマラ識は、老子道徳経の無欲有欲の妙徼(みょうきょう)に重なります」
「そうだね」
ベルグソンの直観、悟性(ごせい)の分化は、そのことの種的展開でしょうか」
「集団での個のありようか、時間による個々のありようか、と言えるね」
「つまり大乗仏教は、進化論の現象学と言えます」
「うん」
「巫術は、エロスの刷新です」
 亀山博士はしばし考えて、微笑んだ。
 布団に横になったまま、中山老人は少し涙ぐんだ。

広告を非表示にする