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「丘(きゅう)の遺志はここまで堕ちたか……」

 亀山博士は帝国大学インド哲学を専攻し博士号を得たあと、三十数回におよぶ癲狂院(てんきょういん)への入退院を繰りかえした。

 薫に憑依した中山老人の話によれば、亀山博士の風貌は豊かな白鬚のモダンな老紳士だという。

 先に記した独白は、後年南方熊楠(みなかたくまぐす)とも交流があったという亀山博士が、大日本帝国軍国主義を目の当たりにしたときの呟きだ。