強姦の記憶より前、幼い薫が母方の祖父母の家に行ったとき、刑務官だった祖父はいつものように薫をスクーターに乗せ、外へ遊びに出た。そのスクーターを運転していた祖父を呼びとめたのが連山賢治(れんざんけんじ)だ。賢治はかつて徒刑囚(とけいしゅう)だった。
 しかし久しぶりに祖父に会った賢治は、そんな陰りを感じさせることなく、懐かしそうに刑務所の思い出話をした。
 作業のためみなで山に行ったとき、相撲好きの薫の祖父が仕事を早々ときりあげさせ、相撲をとることにしたのだ。それがもりあがり、ぐったりして帰ってきた男たちを見て、刑務所の職員が感心していたという。
 ふたりを見ていた薫のあたまを賢治はなでた。
「孫さんですか!」
 そのとき薫はなにを思っていたのだろう。賢治に友達になってほしい、と言う。すでに極道の幹部だった賢治は、約束の小指をさしだした子どもを不思議そうに見つめた。後に賢治がその約束を果たすことができなかったときから、賢治はただ「漢(おとこ)になりたい」とだけを思うようになる。
 この賢治との思い出も、薫のあたまに浮かびあがってきた記憶の一つだった。

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