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 薫は統合失調症と診断されている。中山老人によるという憑依のときの自動的な語りも、統合失調症の症状である独語ととらえることはできる。

 思考を重ねた結果、薫には自らの状態は日常と意志のずれだという確信があった。しかし意志というのは、一体どこからくるのだろう?

 東京大学のキャンパスでエクスタシーになっていたとき、薫は大物主(おおものぬし)という日本神話の神を名乗り、関東大震災を起こす、と言った。東日本大震災の半年前のことだ。

「丘(きゅう)の遺志はここまで堕ちたか……」

 亀山博士は帝国大学インド哲学を専攻し博士号を得たあと、三十数回におよぶ癲狂院(てんきょういん)への入退院を繰りかえした。

 薫に憑依した中山老人の話によれば、亀山博士の風貌は豊かな白鬚のモダンな老紳士だという。

 先に記した独白は、後年南方熊楠(みなかたくまぐす)とも交流があったという亀山博士が、大日本帝国軍国主義を目の当たりにしたときの呟きだ。

「忘れてるんだよ」

 これは薫が路上で倒れ救急車で病院に運ばれ、寝かせられていたベッドの上で叫んでいたとき、薫を取り押さえていた看護師の誰かが言った言葉だ。

 神だありと前後して、薫のあたまに湧いてくる記憶。さながら夢と現実の境(さかい)の出来事のようなそれは、薫を翻弄(ほんろう)する。

 二度目のエクスタシーのとき、薫は中山一郎(なかやまいちろう)という老人を名乗った。一度目は神だった。中山老人は独特の講談めいた口調で、有楽会について語りはじめた。自身は大学の哲学科の名誉教授だと言った。

 中山老人は有楽会の成立と目的、そしてみずからがその巫術(ふじゅつ)を師事した亀山博士(かめやまはかせ)について話した。

 だが仮にこの憑依(ひょうい)のような出来事がほんとうだったとしても、薫と鉄がつくろうとしていたゲームの設定が現実だなどと言えるのだろうか?

 強姦の記憶より前、幼い薫が母方の祖父母の家に行ったとき、刑務官だった祖父はいつものように薫をスクーターに乗せ、外へ遊びに出た。そのスクーターを運転していた祖父を呼びとめたのが連山賢治(れんざんけんじ)だ。賢治はかつて徒刑囚だった。

 しかし久しぶりに祖父に会った賢治は、そんな陰りを感じさせることなく、懐かしそうに刑務所の思い出話をした。

 作業のためみなで山に行ったとき、相撲好きの薫の祖父が仕事を早々ときりあげさせ、相撲をとることにしたのだ。それがもりあがり、ぐったりして帰ってきた男たちを見て、刑務所の職員が感心していたという。

 ふたりを見ていた薫のあたまを賢治はなでた。

「孫さんですか!」

 そのとき薫はなにを思っていたのだろう。賢治に友達になってほしい、と言う。すでに極道の幹部だった賢治は、約束の小指をさしだした子どもを不思議そうに見つめた。後に賢治がその約束を果たすことができなかったときから、賢治はただ「漢(おとこ)になりたい」とだけを思うようになる。

 この賢治との思い出も、薫のあたまに浮かびあがってきた記憶のひとつだった。

 はじめに浮かびあがってきたのは強姦の記憶だ。薫が子どもの頃、家族と母方の祖父母の家に行ったとき、大叔父、祖父の弟に犯された。聡(さと)かった薫が皆のまえで大叔父を言い負かしたからだ。ただその夜、家族も一緒に寝ていた部屋のなかで、そうしたことがほんとうにできたのかはわからない。しかし後年、めったに祖父母の家に泊まることのなかった大叔父が、なぜか一泊した日があったことを、祖母は憶えていた。

 薫はゲームデザイナー志望だった。ノートに書かれている有楽会(うらくかい)というのは、薫が友人の鉄(てつ)とともにつくろうとしていたゲーム、『函(はこ)のなかの少女』に登場する組織の名前だ。有楽会は明治維新後つくられた宗教団体から派生したとされている。そのゲーム自体は、薫と鉄との製作方針の対立で、完成していない。